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スペインと打狗:ドミニコ会、ロザリオの聖母、そして開港

1859年、2人のスペイン人ドミニコ会士が打狗に上陸し、のちに高雄の玫瑰聖母聖殿主教座堂となる教会を開きました。港が外国貿易に開かれる、数年前のことです。

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写真: Sean Chiu, CC BY-SA 4.0

スペインとの縁は古い

スペインから高雄を訪れる人は、実は古い道をたどっています。1626年、台湾北部はスペインの植民地となり、翌年には島全体がマニラ大司教区の管轄下に置かれました。1631年には、ドミニコ会士ハシント・エスキベルが北部に教会を建てています。この最初の布教はやがて途絶えました。1859年にドミニコ会が戻ってきたとき、会の記録がこれを布教の「再興」と呼んだのはそのためです。

2度目の布教の地に選ばれたのは南部、のちに高雄となる漁港・打狗でした。

1859年5月、打狗に着いた2人の修道士

道を開いたのは1858年の天津条約で、これにより清によるキリスト教布教の禁止が解かれました。福建のドミニコ会で管区代理を務めていたイグナシオ・オルトゥサール神父は、スペイン人司祭フェルナンド・サインス(郭德剛)とアンヘル・ボフルル(洪保律)の2人を選び、元神学生を含む中国人カトリック信徒の助手数人とともに送り出します。一行は1859年5月中旬に厦門(アモイ)を出航し、数日後に打狗へ着きました。ドミニコ会の管区は、その日を5月18日としています。

出だしは苦難続きでした。地元の役人に2日間拘束され、ボフルルは病に倒れて、その年のうちに布教を離れます。サインスは一時、浜辺で寝起きしていましたが、打狗に住むアイルランド系アメリカ人の貿易商マシュー・ルーニーの助けで、ようやく宿を見つけました。1859年12月、布教団は海辺の村・前金(修道士たちの綴りではChieng-Kim)に土地を買い、かやぶきの家を建てます。中国語版ウィキペディアによれば、その値段は銀貨62元でした。

かやぶきの家からバシリカへ

家は1860年ごろ日干しれんがの聖母の教会に建て替えられ(最初の礼拝堂を1861年とする記録もあります)、1862年からは赤れんが、サンゴ石、石灰を使って再び建て直されました。1863年にこの教会が完成すると、スペインからロザリオの聖母像が届き、教会はロザリオの聖母の名を冠することになります。1861年には、新設された台湾のドミニコ会布教区の初代責任者マリアノ・アントン神父が、チェンキムに布教団として最初の司祭館を建てました。

サインスは南部でおよそ10年を過ごしました。チェンキムのほか、台南と、約30キロ東にあるバンキム(現在の屏東・万金)にも布教の拠点を開き、マカタオ族のあいだで活動しています。大聖堂の正面扉の上には、同治帝の治世の1874年に下された「奉旨(勅命による)」の扁額が掛かっています。

いま目にする聖堂は1929年から建て直され、1931年に完成したもので、ゴシックとロマネスクが混じり合った様式です。1948年に司教座聖堂となり、1961年には高雄教区が設けられて、ドミニコ会士ホセ・チェン(鄭天祥)が初代司教に就きました。1995年5月22日、教皇ヨハネ・パウロ2世によって小バシリカに指定されています。

布教所のまわりに育った条約港

修道士たちが着いたのは、打狗が正式に西洋との貿易に開かれる数年前のことです。条約により、打狗と基隆は1863年、安平と淡水の外港として開港しました。1864年5月5日には打狗の税関が業務を始め、その年の11月、英国は副領事館を打狗へ移して、1865年に正式な領事館としています。

つまり商人も領事も宣教師も、わずか数年のうちに相次いでこの港にやって来たわけです。港のそばに立つ英国領事館のれんが造りの事務所と丘の上の官邸は1870年代後半の建物で、どちらもいまに残っています。

いま訪ねるなら

玫瑰聖母聖殿主教座堂は、愛河のほとり、五福三路(Wufu 3rd Rd.)151号に建っています。住所は苓雅区ですが前金との境のすぐそばで、地元ではいまも前金天主堂と呼ばれています。MRT中央公園駅から西へ歩いてすぐです。中に入ると、スペインから運ばれたロザリオの聖母像が主祭壇に立ち、入口の上には勅命の扁額が掛かっています。毎日ミサが行われる現役の教会なので、礼拝の時間を避け、静かに見学しましょう。地元では、何よりクリスマスイブの祝祭で知られる教会です。

2008年5月、教区は布教150周年の祝賀行事を、サインスに扮したドミニコ会の司祭が船で港に着く場面から始めました。

大聖堂から川を渡れば、旧市役所を使った高雄市立歴史博物館へ。MRTで哈瑪星まで移動し、旧打狗英国領事館まで歩いて登るのもいいでしょう。車があるか、丸一日空いているなら、1984年に小バシリカとなった屏東の万金の聖堂を訪ねると、サインスの布教の物語がひとつにつながります。ただし、このガイドが扱うエリアの外になります。

近くで食べる

このガイドで紹介している店のうち4軒が、大聖堂から歩いて15分ほどの範囲にあります。川を渡った塩埕の路地にある港園牛肉麵は、何といってもたれをからめた豚足のせ麺で知られる店です。大聖堂と同じ岸にある牛老大涮牛肉では、毎日台南から運ばれる新鮮な牛肉を、牛骨と野菜、果物でとったあっさりしたスープの鍋でいただきます。牛肉炒めもあわせて頼みましょう。

軽く済ませたいなら、60年以上にわたって毎日一から手作りしている菜粽李の、竹の葉で包んだピーナッツちまきを。最初のひとつは何もつけずに食べ、それからたれとピーナッツ粉をかけ、味噌汁を添えます。朝に訪れるなら、1959年から朝ごはんを出している前金肉燥飯へ。カリッとしたサバヒーでんぶをのせたルーローハンに、好みでアヒル卵の目玉焼きを割りのせて食べます。

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